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「尼僧は腕っぷし~平成鎌倉宗教の乱」第1回

1回●狂乱のバブル景気、日本人は海外旅行熱に浮かされていた

 川嶋からの添乗バイトの頼みには、できれば応えたかった。が、物理的に無理だった。トラベルライターの仕事が多忙を極めていたからだ。それを理由にすると、売れっ子ライターを自慢するようで気が引けて、口に出さなかった。

 バブル景気の後押しで、日本の海外旅行ブームは狂乱の域に達している。政府が発表した日本人出国者数は、一昨年の1987年(昭和62年)は約683万人で前年比23.8%もの大幅増、続く昨年1988年(昭和63年)は842万人弱で前年比23.4%増という伸び方を示している。今年、1989年は1000万人の大台に乗るのではないかという勢いだ。

 そうした状況に日本の海外旅行業者ならびに関連業者は完全に浮足立っていた。儲けるのは今しかない、今を逃して儲けないのは馬鹿だ、とばかりに大量にツアーを売り、日本人を大勢海外に送り出していた。

それに伴い、俺が仕事のフィールドとしている海外旅行業界誌も、クライアントである旅行業者、航空会社、海外ホテル、海外観光局、レンタカー、免税品店、高級ブランド店、有名アミューズメント施設、アトラクション施設、劇場、スポーツスタジアムからかつてない量の広告が雪崩を打ってきている。

 初めての事態に業界誌各社は、広告出稿主に対するサービスという形の編集記事を乱発し始めた。これにより、外部のフリーライターへの発注が急増した。

 数年前から業界誌は編集記者を積極的に採用した。俺が勤めていた『トラベルカルチャー』編集部にも頻繁に新顔が登場した。真面目に海外旅行業界を学ぼうとする新人がいる一方、たかがレジャーのマスコミと侮り、一般マスコミに潜り込むための腰掛としか考えないで短期的に働く者が少なくなかった。

こういう輩から「取材とは言え、タダで海外旅行に行けて給料もらえるんだからいい仕事だよ」と言われたことがある。こういう奴にはいろいろ手を回して、絶対に海外出張を任せなかった。思惑が外れて短期で退職していった奴が何人かいる。

また、業界に顔を売り、いかにも有能なトラベルライターであるかを装うためだけに業界誌に入社した輩も少なくない。

口幅ったいが、俺には自分だけの原則がある。旅行をテーマにするなら業界誌の範疇に留め、一般雑誌や書籍でのライターとしては活動しない。ノンフィクションライターとして活動する場合も旅行はテーマにしない。

『週刊ダイナマイツ』でデータマンを行っていた時、海外旅行ネタの場合は人脈を使ったこともあるが、あくまでも例外だ。

例の大船地上げ事件は、俺にとって全く未知の社会派のネタだったし、海外旅行には全く関係のない分野だったので、思う存分仕事ができた。

 結果、ダイナマイツとは縁が切れてしまったし、大船地上げ事件はいくつか掲載を依頼する雑誌があったものの、俺自身のノンフィクションライターとしての技能の未熟さから掲載に至らなかった。

大船地上げ事件でノンフィクションライターとしてデビューし、そこから次々と様々な記事をものにしようと意気込んでいたが、そんな思惑は雲散霧消した。しかも、大船地上げ事件で俺の名前は知られている。名を上げるためには事件に強引に介入する逸脱した取材を行うライターという悪名だ。そこで初心に帰って海外旅行業界誌の専門ライターとして地道に活動しようと考えた。何よりも食い扶持を稼がなければならない。お気楽なサラリーマンとは違うのだ。

◆◇

社員編集者時代に旅行会社、パッケージツアーを担当していたし、その雑誌『トラベルカルチャー』も毎号、必ず複数のデスティネーション特集を組み、そのパッケージ商品紹介の担当だった。その雑誌を辞めてから、パッケージ商品紹介が大事な食い扶持になっている。

また、旅行会社は年間の上期と下期にパッケージ商品を大々的にPRする。これも業界誌紙にとっても俺にとっても稼ぎ時だ。

こんな仕事をトラベルカルチャーに入社してから4年、フリーランスになってから3年続けている。トラベルカルチャーを発行している出版社、カルチャー出版は四谷にある19873月に退職した。ちょうど1年半前だ。退職直後、必死に営業した。

社員時代につきあっていた『ワンダートラベル』を始めとした同業他誌紙の記者や編集者に連絡を取り、何でもいいから仕事が欲しいと頼んだ。相手にとってはパッケージ商品分析の専門家が向こうからやってきたから歓迎だ。

以来、45社の業界誌紙をクライアントに仕事をしてきた。旅行業界紙の『週刊エアプレイン』で「パッケージツアー・ウォッチャー」という連載記事を書いている。むろん無署名だ。これはパッケージ商品のトレンドを辛口で評論するコラム。意外に評判がいい。新聞名だけ見ると海外旅行と関係なさそうに思える。もちろん飛行機の専門紙ではあるが、エアプレイン=飛行機=海外旅行というつながりで、なぜか紙面の半分近くが海外旅行業界の話。広告も旅行関係のクライアントが多い。

 先ほども言ったように、俺は大船地上げ事件でのノンフィクションライターデビューが不発に終わって以後、旅行業界誌の仕事に打ち込んできた。以前はダイナマイツの仕事を優先して断っていた海外取材も受けている。ワンダートラベル編集長の酒井国義からは「以前なら海外取材を受けなかったのに、どういう風の吹き回しなんだ?」と皮肉を言われている。

昨年、1988年に行った海外取材は次の通りだ。

1月末=旧勤務先「トラベルカルチャー」発注のハワイ特集の目玉企画。日系旅行会社の現地手配体制を取材。

3月=韓国ソウル。「ワンダートラベル」発注。この年はソウルオリンピック。それに関連してソウルの最新観光客受け入れ状況を取材。フリーカメラマンが同行。

6月=「週刊エアプレイン」の依頼で米国サンフランシスコで行われた旅行見本市(トラベルマート)を取材。レポート。

9月=イスラエル観光局が旅行会社を招待して視察ツアーを実施。それに同行してレポート。「ワンダートラベル」発注。

11月=「トラベルカルチャー」の依頼で台湾特集の取材。フリーカメラマンが同行。

〈第1回・了〉


by toshi2025asahi | 2025-12-02 17:58 | Comments(0)

フリーランスライター、旭利彦が書く小説。記憶の欠片を発端にストーリーは勝手に進んでいく。どこに行き着くか書き手も分からない。どうぞお楽しみに。


by shousetsuasahi